憧れを抱いてから何年経っただろうか。

行きてぇなー、会いてぇなー、先人の方の写真を見ては、溜め息をつく日々を何度繰り返しただろう。

九州に行くのもハードル高いし、更に西米良村という陸の孤島（失礼）に向かうのも大変で。
そんな中で設けられた貴重な1日。気合いを入れて現地入りしました。

沢山の滝を用意してくれている市房山の東面、この周辺に訪れるのは今回を含め5度目。
今日の天気はガッツリ雨で、ここで雨にやられるのは3度。
つまり5打数3安打で雨です。雨男として中々の強打者と言えるのではないでしょうか。

狭く蛇行した国道265号を北上し、境谷の真正面にある広場に駐車。
ここから軽く藪を掻くと境谷の出合い滝が見えます。

国道265号、境谷付近にある駐車スペース

境谷の出合い滝

憧れの境谷の始まりを望む。たったそれだけで体が沸騰してるかのように歓喜が登ってきて、ニヤニヤしてしまった。

さあさあ出発だと準備をしていると、雨がますます強くなってくる。対岸に望む境谷を見ると霧で埋め尽くされている。
だ、大丈夫さ。滝前では霧は無くなるさ。根拠はないポジティブ発言をして自分に言い聞かせる。そうじゃないと心折れそうになる雨量と視界の悪さだから。
今日この一日しか時間作れなかったんです。また九州に来るのは難しいんです。どうか霧が晴れて滝を見させて下さい。それこそ、神にも仏にもすがる思いで、まだ見ぬ神仏の滝に向けて拝んだ。

本流である一ノ瀬川には駐車スペースから適当に斜面を降りれば良い。やや下流側に行った方が藪が薄くて降りやすかったかな。

出合い滝 いい具合に石が重なっていて渡渉が可能

そして本流の渡渉。出合い滝の目の前には大きな岩があって飛び石感覚で対岸に渡れた。ここなら増水時でも対岸渡渉は出来ると思うのでこれから雨が強く降っても帰りも安心だ。

出合い滝の巻きから境谷はスタートとなります。右岸巻きですが、ここには虎ロープが張られていて安全に巻けます。有り難いです。

境谷の様子 最初は気楽

沢山の小滝が待ち構えている

ゴーロや小滝、一般的な気楽な沢登り。序盤は軽快。楽しく歩いていきます。

25ｍ斜瀑

その高巻きの谷筋

さあさあ、名物の25m斜瀑の登場。滑るように、走るように落ちてくる水の勢いは素晴らしい。人を歓迎しない暴力的な滝で、高巻きの一択です。

右岸から巻くようで聳える岩壁の上に登らないといけないのは分かりました。
問題はどうやって登るかですが、滝に背を向け岩壁沿いに歩いていくと谷筋に虎ロープが下がっているのが見つかりました。
先人の方の補助に感謝をしつつも、これを使うのは厳しそう。
谷筋をやり過ごしてもっと奥まで進んでみた所、スムーズに岩壁に乗れて高巻きのトラバースに入れました。

ここの巻きは緊張します。岩壁の上という崖っぷちを水平移動するので中々な高度感。
この谷の全体的に言える事ですが、大体の足の乗せ場は逆層ばかり。そこに砂利や薄い土が乗ってるので、不安定この上ない。

順層と逆層の違いは上図のこんな感じ。絵心無くてスイマセン。
順層なら滑っても必然と岩壁へ倒れますが、逆層は御覧の通り滑ったら確実に崖下に放り出されます。

足を置いた砂利が滑るかも知れない、土が剥がれ落ちるかも知れない。
そんな、かも知れない運転を続けていると筋肉は強張って滑落の怖さで動悸が激しくなる。

更に気を遣う原因がこの境谷にはあります。

腐食木の多さです。見た目は生き生きしていて自分の腕よりも太い木が多いので、安心して掴んで引っ張ると、あっさりもげます。
五本に一本はもげたように思います。

掴むものが少ない急斜面に唯一の立ち木があって、これ幸いとガッツリ握ると根元から崩れる。藁をも掴む思いで掴んだソレは、本当に藁だったとは笑えませんよ。

信用したのに裏切られるのを何度やられた事やら。神からの試練はいささか厳しいです。

とにかく慎重に、これまた「木は折れるかも知れない」と予測し、石橋を叩くかのようにもげないのを確認してから体重を預けるよう心掛けました。
気が滅入り、とても遅い歩みです。

とりあえず無事に25m斜瀑を高巻き、ちょうど落ち口上に戻れました。

10m滝 良い迫力だった

で、すぐに10m級の幅広滝。良い飛沫を放出して格好良かった。

ここも同じく右岸巻き。
その先を見ると滝が連続しているのが分かった。谷に戻ってもまた高巻きを強いられると思うと下りる気になれず、そのまま高巻きを継続。

神仏の滝が見えた。 ありがたや。

V字になっていた谷が唐突に広場を作る。視界は開け、巨大な岩壁が正面に立ちはだかる。
神仏の滝の降臨だ。

滝に逢えた瞬間に出た言葉。
「デラかっこえ〜！」
誰もいないから叫んだところで誰に笑われる訳ではないけれど、声を出す気はないのに自制が出来ず、つい言葉に出してしまった事がちょっと恥ずかしかった。
ちなみこの「デラ」とは、僕らの青春の雑誌「デラべっぴん」から引用させて頂いた。

咳ばらいをし、一呼吸おいてから冷静に滝と対峙する。

やや横から

一段下から

接近

図太い水柱が中間で弾け、広がって舞い散る。
辺りに放出している飛沫は渾身の一撃たる威力。
広い空間に構える大きな岩壁と力強い滝の姿に、神や仏を想像したのだろうか。

相変わらず強雨が降り続いているが、縦に落ちてくる雨は横殴りの飛沫に弾かれる。雨を消し去っている神通力を見ているかのように、周囲は滝からの白煙に覆われている。

暴力的な凄まじい迫力の中にも、水の優しさは顕在する。
神の慈悲、仏の慈愛を彷彿させる穏やかなる水の力に魅了されるのは、至極当然な結果である。

雨降ってなければ、物凄く寛げるのにね。その点はとても残念だけど、龍神様に愛されてると前向きに捉えましょう。

居心地の良い粛々とした空間を裂く、質実剛健の滝を存分に受け止め、感動させて頂きました。

さてこれで帰路へ、って訳じゃなく、境谷はこれだけでは終わりません。

更に上流にある大滝を目指します。

→すだれの滝へ