三沢大滝 遭難記
<後半>

前半の続き、後半です。
ここからは写真を撮る余裕が無かったので、文章が多くなります。
ご容赦ください

  ―大きな賭け―

現在時刻、16時15分。

元来た道を戻るだけなので、ルートは把握出来ている。
というか沢に下りてからが勝負だ。どれだけで戻れるのか、焦りは生じているが急かした所で危険が増すだけなので、ただ見守る感じで先行して進む。

Bが滑落した谷の通過は、大きく迂回する事で谷に近づくことなくやり過ごせた。

全体的に動きが遅くなってきた。予想よりもグンと鈍い。
ここまでずっと歩き通しなのだから、体力の消耗もあるだろうけど、それ以上に遅くなっている。
頑張って歩いているのは確かなのだが、全く進んでいないように思えるほどゴールが遠い。

日没まであと2時間35分
このペースで進んでいると、沢の中盤で暗闇になるのはもう認めざるを得ない現実であろう。

地形図を確認したり、GPSで現在位置を見る回数が増える。

後ろを振り返る。3人とも黙々と懸命に歩いているが、体力の低下が表情にも現れている。苦しそうだ。

ヘッドライトがあるのは確認済みなので、闇夜で動けないって事はない。
しかし、山歩きが未経験なのに、闇の沢歩きなど出来るだろうか? あまりにも危険過ぎる。

ここで、一旦足を止めて皆で固まって3人に状況を伝える。

現在位置はここ。つまりまだまだ車が止まっている出発地点には辿り着けない。
そして、このままのペースで歩いていると、沢の途中で日没になる。

そこで大きな賭けに出る提案をし、3人に選択を委ねる。

沢から離れて右岸の波線(登山道)を目指してはどうか? と。


登山道を目指す
水色線はイメージ

そう言われてもピンとは来なかったと思う。

その提案に付け加える。

右岸の沢から大きく離れた岸の上には登山道が記載されている。もしもそこまで登れたら安全な道で帰れる可能性がある。

闇の沢をヘッドライトで探りながら歩くのは転倒や怪我で行動不能に陥る恐れが高い。その点、山の方が遥かに安全であると思う。

メリットだけではなく、次いでデメリットも伝える。

波線まで高低差200m程を登らないといけない事。しかも道ではない斜面なので相当体力が削られる。

もしも崖が出てきて登れなければ、山は諦めて沢に戻るしかない。登って消費した体力と時間が無駄になると分かった時点で、気力体力共に限界値に達し、行動不能になるだろう。

それと、無事に波線まで行けたとして、安全で楽に下山出来るかは分からない。

悪い事の方が多いような気がするけど、暗闇の中でヘッドライト点けて沢に浸かりながら歩くよりかは断然に良いと思う。

問題は3人の体力。滝を終えた後は顕著に体力の低下が見える。その状態で山を下るのではなく、登る事が出来るのか。

3人は私の言葉を受けて、目を合わし相談を始めた。

まとまった回答は、登山道に向かう為に登る事であった。

誘導的に伝えたので、その回答に至ったのは必然かも知れないけれど、現状の不安やこの先についての状況把握を共有出来たのは大きいと思う。


  ―斜面へ―

16時30分 協議を終えてザックを背負う。

さぁ、では山を目指そう。

日没や先が見えない不安がある中で、ちょっとワクワクしてる自分がいる。新たな場所を踏んでいくのは未知への冒険で、初めての景色が見えるのだから。

安全に登るにはどこが良いか? 地形図を見て枝沢を選択する。三沢で靴も服も濡れているのだから、今更水に入るのは抵抗なかろう。

滝マークのない枝沢なので、そのままスムーズに上がれるかも知れない。

踏み跡から外れて、枝沢に乗ってみる。緩やかなに水が流れ落ちてはいるが、その先には絶壁の間に滝が見えた。

これはダメだ。これは登れないし、容易に巻くのも出来ない。
枝沢は速攻で却下。とすれば山斜面を行くしかない。


枝沢の奥は滝で進めない。
山斜面を登っていく

見上げると下草が生えている位で、しっかり踏めるし登れる斜度であると分かった。
これなら行ける。目処がついた気がして俄然気力が湧く。

後ろの3人の顔は暗い。覇気はない。もう体力はそれ程残ってはいないのだろう。
山斜面を登りきるか、日没に追いつかれるか、危うい勝負になってきた。

16時50分。日没まであと2時間。

明確な踏み跡などないが、微かに獣道が見える。それはジグザグと斜面を登ってくれている。

途中で斜面が平坦に整地された場所に出た。熊? 鹿? なにか動物の寝床だろうか。もし熊だったとしたらと一瞬緊張感が走ったが、今は出掛けているようで安堵の息をついた。


獣の住処ならば、獣道があるのだから
それを進めば良いのだ。

寝床? をやり過ごし、まだまだ登っていく。

残りは高さで言えば130mくらいだろうか。階段ではないし、登山道ではない斜面の登りは三歩進んだら一呼吸入れるような苦しさがある。

大きな声で、Bが私に声を掛けた。
「一旦、一旦ちゃんと休憩しましょう!」

AもCも、顔が上げられず、四つん這いのような状態で斜面に踏ん張って上がって来ている。見ているこちらからでも、疲労困憊なのは分かる。

「日没になると動けなくなるかも知れませんから、何とか頑張りましょう!」
ここが正念場。そう踏んだ。

休憩して、呼吸が落ち着けば、ある程度の回復は得られるのは間違いない。

しかし、闇は待ってくれない。

登山道ではない斜面に、登山に慣れていない者といる事自体が既に危うい。

なのに、例えヘッドライトで照らしたとしても、視界が不完全になる状況では、難易度を上げる事になるのは間違いない。

バランス崩せば滑落する。この斜面は危険と隣り合わせにいる事に変わりはないのだ。

ここを越えれば、あとは緩やかな大地のはず。

危機を脱出するには、明るい方が良いに決まってる。

「明るい内に行きましょう! お願いします!」
もう一度、声を掛けた。

三人とも、何も言わず、でも止まらずに動き続けてくれた。


  ―安堵と休憩― 

登山道ではない、道無き斜面の登りはキツイ。
一歩一歩踏み固めて、安全かどうか確認しながら進む。どこが登り易いか見極めなければならない。思った以上に時間は掛かる。

斜面の残りはほんの僅か。大地に上がる時に急斜面や岩壁が出てこなければ良いが、それを懸念しながら、どこが一番穏やかに登れるかを考えてここまで来た。

そして先が見えた。階段状になっている岩を登れば大地に立てる。その目処が立ち小さいながらもガッツポーズをした。
「あと少しです! ここで終わりですよ!」

17時50分。日没まで残り1時間。
まだ明るい内に皆が斜面を上がりきった。

危機的状況は去ったのだ。
今はとにかく堂々と休憩しよう。

この先を知っている訳ではないから、難所がある可能性は拭いきれないが、今はこの道無き斜面を上がりきった事を喜びたい。

というより、もうこれ以上の難所は無かろうと安心している方が強かった。
疲労の中にも、皆の笑顔が見える。ここまでちゃんと来れて本当に良かった。

「パンとか食べなくて大丈夫ですか?」
あまり食べている姿を見ていなかったので、ちゃんとした休憩の時間であるので、ここで食事して回復した方が良いと促す。

「いやぁ、もう食べ尽くしてしまって、ないんです」
Aは罰の悪い顔で答えた。BもCも同じのようで、食料は無くなったようだ。聞けばもう水も飲み干してしまったみたいだ。

自分はというと、昼の行動食は食べきっているが、非常食として入れてあるおにぎりが二個。水分はペットボトル一本分500mlが残っている。

体力、気力も充実しているし、空腹感もない。

なので、その食料と飲料は三人に渡した。

これで、四人全員が食料も飲料もない、ある意味で丸腰な状態となった。

ただそれでも別に不安はない。あとは緩やかな下りのはずで、体力が減らされる心配は少ないから。

斜面を終えて、平坦な場所で座って休めた事と、少ないながらも食事が取れた事である程度は回復してくれたのか、緊迫した雰囲気がだいぶ弛緩したよう思える。

ただ、それでもCだけは口数が少なく笑顔は見えない。
このグループの中では最年少で、荷物係の立場だろうか。カメラ機材が沢山入っているように思えるザック。

試しに持ってみると、自分のよりも重い。

「これ、私が背負いますよ。その方が楽になるでしょう?」
そう提案した所、
「いえいえ、自分の荷物は自分達で何とかします」
と断られてしまった。

まぁ、あとは下りだけだから、気にする事はないか。潔く引き下がる事にした。

ここで30分以上は休憩を取った。ほぼ日没の時間に、腰を上げて下山に向けて出発する。

※余談だが、この斜面を登りきった地点には古い赤テープが木に巻かれていた。マーキングはこの一ヵ所しか確認出来なかったが、ここを利用した者がいる証拠であるのは間違いない。


   ―ヘッドライトでの行動― 

地形図を見ながら北方向へ進む。

緩やかに下っていく大地は、腰辺りの高さの藪がチラホラ生えている感じで草原とほぼ変わりはない。非常に歩きやすい。

登山道を目指してGPSを見ながら歩いていき、波線の位置まで来たけれど道は確認出来ない。微妙に踏み跡が見えるような気がするがヘッドライトの明かりだけでは判断は取れない。

それでも進む先は分かっているので、道の有無は気にせず歩いていく。

「どうしました?」
そうAに尋ねられた時、自分は地形図を見ながら立ち止まっていた。

斜面の休憩場所から、約1km進んだ地点。

この位置から、西へ200mほど向かうとフカ沢という河川があるようになっている。
そこに行けば水が得られる可能性がある。

しかしリスクもある。水が流れていなかったら? もしくは河川に簡単に下りられないかも知れない。
もし水が確保出来なければ取り越し苦労で終わってしまう。

西側を照らしても草原のようになっている点では歩きやすいだろうけれど、やはりリスクの方が大きいと判断した。

「いや、こっちに水があるかも知れないので悩んでました。厳しいかも知れないので止めときます」
そう言って、再び歩き始めた。

   ―行動不能― 

傾斜は変わらず穏やかで、軽快に進む。

頭の中ではだいぶ先にある最後に待つ急斜面の下りをどう処理するか考え始めた。

明確な踏み跡が見えない状態では、この先も登山道は期待出来ない。となれば急斜面を自力で下りればならない。
用意している30mロープを伸ばせば何とかなるだろうか。

草原に杉の木が増えてきた。植林地帯に入ったのだろうか。
点在する幹の太い木々が視界に入ってくるようになったが、歩みにはあまり影響はない。

後ろを歩いている3人にも余裕が出てきたのか、AとBの雑談の笑い声が背後から聞こえてくる。

地形図を見る。ちょい右方向に進もう。下りだし、体力が削られないからかペースは早い。

この調子なら1時間位で道路に出るだろうか。

色々なトラブルがあったけど、何とかなりそうだ。無理してでも急斜面を登って良かった。
暗闇をヘッドライトで照らしつつ進む自分は、半ばハイキング気分に変わっていた。


「あっ」
背面から声が聞こえたと同時に、藪が折れ葉が潰れる音も飛び込んできた。

その音の大きさに肩がビクッと上がった。

慌てて振り返ると、Cがうつ伏せに倒れていた。
肺が大きく動き、激しい深呼吸をしている。

「C! 大丈夫か!」
Aが声を掛けるも、深呼吸が精一杯のようで、反応を示さない。

倒れた時のレスキュー講義など、自動車教習所でしか受けた記憶がない。皆が同じような未経験者の集まりなので、どう対処し、どう判断すれば良いが正解が分からず、迂闊に手を出せない。

とにかく、うつ伏せはよくないだろうと三人の意見が一致したので、肩を持つ者と足を持つ者に分担し、せーので力を入れてCをひっくり返した。

それ以上は何も出来ず、Cを囲んで見ていると、徐々に呼吸が落ち着き始めた。
「どこか怪我したか?」
その問いに首が横に振られた。意識はあるようで少し安堵の息が漏れた。

Cは大きく息を吸い込んだ後、その呼吸とは裏腹な細い声で呟いた。

「うごけません」

この言葉を聞いて、我々は行動不能の遭難に陥ったと断定した。

意識はある、怪我はない。しかしどうにも動ける体力がない。
限界まで頑張った結果だろう。
なんとか回復してくれれば良いが。ここで水があれば変わったかも知れない。

「実は朝の車内でおにぎり食べただけで、その後は何も食べてなかったんです」
Aの発言に私はショックを受けた。

Aは語る。本来なら集合する手前のコンビニで行動食を買おうと思っていたけれど、予想以上に運転に時間が掛かってしまった事で遅刻してしまった。私と合流する事を最優先にした結果、コンビニに寄る暇すら無くなってしまったのだと。

食べてる姿を見なかった訳だ。飲料も車内で飲んでいた中途半端なペットボトルが一本だけ。

水が無くなっているのなら、堰堤にあった湧き水や急斜面を上がる前の枝沢で補給すれば良かったのに、それすらしていなかった。

俗に言う、シャリバテってやつだろう。

非難したところで仕方ない。むしろ共に行動するメンバーとして何も確認しなかった自分の落ち度が悔やまれる。

そんな状態でここまで来れた若さという体力はすげえなと感心させられたけど、Cが動けない理由は納得出来た。

ここで食事が取れれば何とかなるかも知れないが、前述のとおり食料も飲料も何もないのだ。

どうにか道路まで自力で行けないか検討してみる。

Cを背負ってみようか、試しに二人がかりで両肩を持って立たせてみる。なんとか両足で立ったが膝には全く力が入っていない。

肩を絡ませた時点で、一人の男を背負うのは無理だと分かった。

平坦なアスファルトなら100mくらいは進めるかも知れないが、緩やかといっても山の凹凸を見極めつつ背負って歩けるとは到底思えなかった。三歩、凄すぎる。

担架を作って乗せて見てはどうか?

腕くらいの太い木を二本探してきて、皆の洋服(カッパであったり上着)を二本の木に渡らせて、即席の担架を作った。

頭側に2人、足側に1人、せーのと力を込める。

木がミシミシと悲鳴を上げる中、寝ているCの体を持ち上げた。

しかし、10cm程しか上がらない。木は掴み難くうまく力が入らない。予想として60〜70kgはあるCの体重を3人掛かりでも楽には上げられない。

これはダメだ。3人共に諦めて即席担架を置いた。

色々な思案をしつつ30分は経過しただろうか。

Cの呼吸は落ち着いていた。しかし動けない。体力の限界まで踏ん張って歩き、意志と反して倒れてしまったのだ。
そこまで歩き続けたのは凄いが、気持ちが折れてしまったのだろう。

食料はない、体力もない、行動出来ない。どうにも我々では自力で解決する策がない事から、やむなく救助を要請しようと決めた。

皆がスマホを取り出して、電波があるかチェックする。
呆れてしまったし、やっぱりねとは思ったけどABCの三人共にスマホの充電は無くなっており電源は落ちていた。

自分のスマホしか頼れない。モバイルバッテリーはあるし、本体もまだ50%以上あるから作動には心配ない。

今までは節電の為に機内モードでGPSを確認していた。それを解除すると、圏外とは出なかった。

とりあえず適当に電話をしてみる。ツーツーツーとなるだけで繋がらない。圏外ではないけど、不安定なのだろう。

試しに友人にLINEしてみた所、既読となり返信があった。
これは朗報だ。

ここは遮るものが少ない高台のような大地。ゆえに何とか電波を受け取れたのだろう。
もしも谷間である沢なら、電波はなかったはずだ。その点では、沢から離れて大地に乗った選択は間違ってなかったように思えた。

嫁にLINEを送るも一向に既読とならず。おそらくもう就寝しているのだろう。
山の事を知らぬ友人をバイパスにして救助を頼むのは気が引けた。

そう悩んでいると、Aが「うちのグループのリーダーであれば対応してくれる」と言ったので、私のスマホをAに渡した。

そこから、Aはリーダーとメールを行い、メールからLINEに切り替える。

リーダーは119番で救助要請してくれた模様。

最寄りの鬼怒川から出動してくれるようで、現在位置などの詳細についての説明は全体を把握している私が行った。

GPSアプリの位置情報と、現在位置のスクリーンショットをリーダーのLINEに送信。そこからリーダーが最寄りの鬼怒川の消防署(藤原消防署かは不明)に伝達してくれたようだ。

いくつかの問答を繰り返し、なんとか現在位置は伝わった様子。
到着にはだいぶ時間が掛かるだろうと予想時間は言われなかったと思う。

これからもやり取りはこちらのLINEで行うとの事で、私はスマホに張り付いて、すぐに対応出来るよう心掛けた。

気付けばCは眠っていた。呼吸は落ち着いている。少しでも体力回復してくれれば良いが。

自分は寝る訳にはいかない。でもただ座っているのも手持ち無沙汰なので木を集め始めた。

季節は夏で、寒くはないけれど焚き火の準備だ。

暗闇の中で待ち続けるのは不安が増す一方となる。
その為には明かりが必要で、しかしヘッドライトに頼るのは電池の消耗が心配になる。
代わりに焚き火の光があれば良いし、なによりも炎という精神的支柱としての役割が大きい。

何かを焼く訳ではないが、メラメラと揺れている炎を見ているだけで、非常に落ち着くからだ。

焚き火は難しい。木を集めてライターでティッシュを焚き付けとして利用するが、火が大きくなる前に灰となり木に燃え移らない。

ティッシュを何枚使っても、ただティッシュが燃えて終わるだけ。

Aが綿素材のタオルを出してくれた。それは長く燃え続けてくれて、ようやく太い木も引火してくれて、焚き火として安定した。

焚き火の前でスマホを握って座る。時おり付近をウロウロして薪を集めて継ぎ足す。

AもBも寝入り、たまに起きたら焚き火の前に集まる。

2、3時間と経過。
「登山道の入り口まで来た」とリーダーからのLINEが来てからどれだけ経ったか分からない。

深夜1時30分くらいだったか、Cが目覚め、ゆっくりとだが自分の足で焚き火の前まで歩いてきた。
「大丈夫?」
「動けそうですけど、また同じようになるのが怖いです」

そうだろうな。転倒した時に怪我が無かったのは幸いだ。

ここで無理して歩き始めて二の舞になるのは危険だ。
寝て回復したとは言え、何も補給はしていないのだから、大人しく待つのが懸命だろう。

それから30分後だったか。
「おーい!」
遥か遠く、遥か下方から大勢の声が聞こえた。

来てくれた!
「こっちです!」
精一杯大きな声を出して叫ぶ。声が飛んできた先にヘッドライトの光を向ける。

「おーい!」
もう一度、沢山の発声が耳に入ってくる。

木々がチカチカと光る。遠かった小さなヘッドライトの光が少しずつ大きくなっていく。

声が聞こえてから5分後くらいか、上下左右に揺れながら近付いてくるヘッドライトが私達の目の前で止まった。

「消防です。皆さんいますね?」(正式にはなんと言われたか忘れました)

そう私達に話し掛けてくれたのが隊長であろう。
確か、来てくれたのは8人だったと思う。横一列に並び、私達を確認している。こんなに沢山の方が来てくれたのかと恐縮した。

全員が肩で息をしており、呼吸が乱れている。熱気が伝わってくる。汗も見えた。
「2時○○分、現着しました」
責任者が無線機で報告をしている。

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。本当にありがとうございます」
我々全員が頭を下げた。

いやいやとんでもない大丈夫だいじょうぶ。物凄く気さくに答えてくれた。

「食べ物と飲み物、持ってきたんでどうぞ〜」
隊員は息を切らしながらも、まるでバーベキューをやっているかのような軽やかさで、我々にパンとポカリスエットを渡してくれた。

空腹が満たされていく。水はやはり貴重な存在だ。飲んだだけで回復していくのが分かる。

「どうです? 歩けます? サポートしますんで下りられますか?」

私達はCの様子を窺った。
「食べ終えたら、行けると思います」
声に張りが戻ってきたのが伺える。救助に来てくれた事で、不安が取り除かれたのだろう。

我々が食べている間に、消防隊員と雑談をした。
「どこに行ってたの?」
「登山ではなく沢登りで。この三沢にある滝を見に行ってたんです」
「ここに滝があるの? 知らないなー。お前知ってる?」
消防隊員は我々を落ち着かせる為なのか明るい態度で受け答えしてくれた。

「・・・で、日没になって食料も全部無くなってしまって」
事と経緯を説明する。私達の失態を責める訳でもなく頷いて聞いてくれた。

「ここで救助呼ばれたの初めてだね」や「登山は大変だぁ」
隊員はどこまでも明るく返答してくれた。

私達が話を終えると、それまで黙って聞いていた隊長が一言発した。
私はその言葉を、生涯忘れる事はないだろう。
「何にせよ、あなた方が無事で良かった」

何も返事が出来ず、ただ下を向いた。言葉に出せなかった。
聞こえなかっただろうけど、か細く「すいません」と呟いた。
笑ってくれている隊長が眩しかった。

我々の行動は無茶苦茶であり、自業自得の遭難なのに、それを一切否定せず存在を肯定してくれた。

このような器の大きい方がいるのか、利己で動いている自分が恥ずかしくて情けなくて、隊長を直視出来なかった。

食事を終えて、ザックを背負う。
消防隊員が焚き火をしっかり消火している。山火事にならないようにしないとな、そう言いながら踏んだり土をかけたりしていた。

隊員が我々の回りを囲う。暖かい陣形。

「私は大丈夫なんで、彼(C)を見てやって下さい」
サポートされるのは申し訳なかった。


   ―最後の斜面― 

ゆっくりと下っていく。Cも自力で歩いている。

最後の急斜面。
やはり道はないようで、消防隊員が安全な道を工作している。ロープを張ってくれるようだ。

しばらく座って待っていると、不意に肩を叩かれた。
「大丈夫ですか?」

様子を伺う消防隊員。
どうやら自分は俯き寝てしまったようだ。なんだかんだ早朝から一睡もせずにここまで行動してきたんだ。消防に守られて緊張が緩んだのだろう。

ロープの設営は終えたようで、「行けますか? 大丈夫ですか?」と改めて訪ねられ、問題ないですと斜面を下りた。

時刻は4時位だっただろう。

山中は未だ暗い。そんな暗闇の世界に、消防車の赤色灯がチカチカ輝いているのが見えた。

そしてアスファルトを踏んだ。

続いて3人もロープをしっかり持って下りてきた。


   ―林道終点へ― 

斜面を下りてアスファルトに立つ

待機している消防車
下りた場所は、林道終点よりやや手前(北)のようだ。

「車はどこに止めてあるんですか?」
「この道の終点です。すぐなんで歩いていきます」
「いえいえ、どうぞ乗って下さい」

本当にほんの少しの距離なのに消防車(軽トラの荷台のような所に乗った気がする。記憶があいまい)に乗せて頂いた。

揺れる車内、瞼が重い。
「大変でしたね」
私の疲れている顔を見て、若い消防隊員の方が気遣ってくれた。

「本当にすいません。自分はただ眠いだけです」
「寝れないのキツいですよね。自分も今、二日の夜勤で、えーと」
視線を空に向け、指を数える隊員。
「48時間寝てないっすね(笑)」

気さくに笑っているけれど、その原因を作ったのは我々なので、ただ頭を下げる事しか出来なかった。

車に荷物を下ろした後、簡単に事情聴取を受け、全てを終えたのは5時頃。

辺りは明るくなり始め、新しい1日が始まろうとしていた。

唯一残ってた当時のログ


 ―終わりに― 

反省すべき事ばかりです。

滝が見たいが為に、疑問に向き合わなかった。撤退を判断する機会は多々ありました。
無謀に突っ込んだ結果、沢山の方に迷惑を掛けてしまいました。
恥ずかしく情けない限りです。

自分が行動できても、仲間が行動不能に陥れば自分も遭難する。逆に自分が行動不能になった場合、仲間に迷惑を掛けてしまう。仲間とは一心同体なのだと理解しました。

この経験を胸に、今も滝の活動をしています。
常に真ん中にあるのは「勇気ある撤退」と「命を賭けてまで行きたい滝はない」という二つの言葉。どちらも今までに出会った滝の仲間の言葉です。

いつまでも大切な人の笑顔が見れる為に、楽しい滝巡りが出来るように、成長していきます。
















 
−その後の小話−


少しでも早く自宅に戻る為、皆と解散したらすぐに車で走り始めた。
しかし睡魔には勝てず、日光駅の手前でダウン。
車のシートを倒して30分くらい寝た所で、電話が鳴る。
娘からだ。
「パパ! 遅い! 早く帰って来て!」
慌ててハンドルを握り発進。

自宅に着いたのは昼前。起こされてからほぼノンストップで走った。

心底ヘトヘトだ。これで自分のベットでゆっくり寝れる。
「パパ、プールいこー!」
娘に引っ張られた。

この状態で? 更に体力使うの?
愕然としたが、断れない。

ええ、行きましたよ。頑張りました。
遭難した後にプール行く奴なんているのかな? 我ながらすげえ気力だと関心しました。


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