三沢大滝 遭難記


もう随分と過去の話となり、自分でもこの記憶は遠く感じつつある。
自戒の為に、風化させない為にも残したいと思いました。

これを記す事で、自分への非難や批判も来るだろうと覚悟してます。
それでも、読んでくれた方が、何かを感じ取って頂き警鐘になれば嬉しいです。

個人の特定を避ける為、結構フェイクを入れています。ご容赦下さい。


  ―始まり―

2015年7月某日

とある撮影好きの一行(A、B、Cの三人)から連絡を受けた。
「三沢大滝という素晴らしい滝があるのを知った。良ければ一緒に行ってくれないか」という誘いだった。
最初に訪れたのは2007年だから、もう8年も見ていない。それだけ経過していれば再訪したい気持ちもあったので、これ幸いと承諾をした。

三沢大滝へ向かう二週間前に、リーダーであるAと顔合わせと打ち合わせを目的に都内の飲み屋さんに行った。
どうやらその一行は沢登りの経験はおろか、登山自体も未経験なレベルのようだ。

そこで私が説明したことは、片道4〜5時間と長い距離を歩く事、川の中に入る時が多いので釣具屋に行って沢靴を買った方が良いという事。最低限だがその二つは伝えたと記憶している。

未経験で三沢大滝なんて無謀な、という意見はごもっともだけど、2007年に訪問した時の自分もほぼ未経験で到達している。

この滝に必要なのは、登山や沢登りのスキルや経験よりも、長い距離をひたすら歩く体力が一番だと思う。
その点、若さは基礎体力が高い。何もトレーニングなどしなくても動けるスタミナを持て余している。
ABC、この一行の全員が20代であり、若さという猛烈なパワーは持っている。

「僕たちでも大丈夫ですかね?」
打ち合わせの時にそう質問されて
「若いですよね? 体力あるから大丈夫ですよ」
事故の不安よりも滝に会いたい気持ちが勝った回答であったと思う。

飲み屋さん以外にも当日までに何度かメールで打ち合わせを行い、計画を詰めていった。

集合は「道の駅 湯西川温泉」に4時30分。
当日の日の出は4時50分前後なので、明るくなってから移動する予定だ。

早い遅いで言えば間違いなく遅い。まだ暗い4時に集合して、明るくなった5時に歩き始めるのがベストだと思う。
しかし、一行の仕事の関係で頑張って向かっても、その時間が精一杯だと言われたので仕方ない。
ま、それでも昼前には滝に到着出来るから一時間くらいは滝前にいられるだろう。


  ―集合と遅刻―
 
 

道の駅「湯西川」 ※日光旅ナビより
8月1日

仕事を終えて準備して、集合場所の道の駅に到着したのは4時くらいだったか。

朝ご飯食べつつ、パズドラやりつつ車内でのんびりしていると、リーダーであるAから連絡が来た。

「申し訳ありませんが30分ほど遅れます」

この時点で山中日没という不安が一瞬チラついたが、今日の日没は18時50分前後でまだまだ日の長い時期なので、まだカバー出来るとすぐに不安を消した。

結局、集合出来たのは更に30分遅れた1時間後の5時30分頃。
これは大丈夫か? 余裕はないけど何とかなるさ。

不安という霞が視界を悪くするが、何の根拠もない「問題ない」という扇風機でそれを追い払う。

遅れた事への謝罪を受けた後、すぐに道の駅を出発した。


  ―準備と装備― 

前回と同様、林道の終点に車を止める。
1時間も車で待っていた自分は当然ながら準備は既に整っている。

一行の準備も早く、すぐにザックを背負って出発となった。その点では早い行動が出来てやや安心をした。

が、しかし一行の足元の不安は拭えない。
沢靴を買った方が良いと言ったけれど、結局全員が軽登山靴であった。

まぁ仕方ないか。一緒に買いに行けば良かったかなと軽く後悔はしたが、大きな問題ではない。
靴がベストでなくても若さや体力、身体能力で補えるのだから。

6時30分 出発

林道終点より出発

―余談―

全く自慢にならないが、百選の難関滝である秋田県の茶釜の滝は沢登りコースで挑んだけど、その足元はナイキのなんちゃって登山靴だった。思いっきり濡れながら歩いたものだ。

他にも、鳥取県の大山滝では登山道をバイク用のエンジニアブーツで歩いた。

神奈川県の早戸大滝ではニューバランスのスニーカーだった。

いずれも、とりあえずちゃんと行けたし、ちゃんと怪我無く帰ってきてる。

だからと言ってどんな靴でも行けるとは思ってはいけない。ただ何とかなったってだけで沢靴が安全であるのは間違いない。

ちなみに前回の三沢大滝では、私は沢靴で挑んだけど、一人はファッション重視な登山靴だった。
勿論、無事に滝が見れてトラブルは何もなかった。

茶釜の滝を目指した靴


早戸大滝を目指した靴


三沢大滝での靴


   ―歩き始め― 

最初の堰堤群、一行にとっては早速川の中に入る必要がある。

最初は戸惑うものだが、一度濡れてしまえば開き直れるもので、ジャバジャバと歩き始める。

やはり山に慣れている訳はなく、動きはやや重い。
リーダーのAと、細身のBは運動神経があるように伺える滑らかな動きをしているが、一番若い(22か23だったかな?)はずのCが、序盤から顕著に遅れており顔に余裕がない。

山を登った事はおろか、あまり運動してこなかったのだろうと予想はした。

しかし、Cは勿論の事、誰一人愚痴のようなネガティブな発言はせず、頑張って歩いている。

その熱意を目の当たりにすると、何としてもこの一行と滝前に立って笑顔になりたい気持ちが強くなっていった。

8時30分 堰堤群を通過


いくつもある堰堤を越えていく

その殆どを右岸から越えた


   ―ゴーロを歩く― 

堰堤群を越えると、ひたすらのゴーロ。時には岸上を歩いたり、時には水に入ったり適当に進む。

登山道ではないけど、傾斜はきつい訳ではないし難しい所はない。
ただ距離が長いだけのゴーロ地帯なので、この辺りは緊張感なく気軽に進んだ。


ゴーロ地帯

左岸にあった炭釜跡

何度か休憩を入れる。みんなで囲んで軽くおしゃべり。

左岸の崖下では大岩がゴロゴロしており、そこを無事に抜けた時は「さっきのは難所でしたね!」とBがやや興奮して喋っていた。


左岸の崖

進むにつれて、一行の顔にはやや疲労が見えて来たが、熱意が落ちる事はなく安心した。

自分自身は疲労する事は無く、息切れもなくてポカリスエットが全然減らない。

しかし、ABC共に疲れている割には水も食事も、とにかく補給する事があまりない。それも若さなのかな。さすがだなぁと感心をする。

9時40分 大崩落地を通過


大崩落地


   ―滑落― 

11時30分。
もう午前が終わろうとしている。

ゴーロ地帯から離れ、山の斜面に上がっていく地点まで来れた。


斜面に上がっていく起点には
マーキングがされている

ここまで来れば、水のない普通の登山道のようなものなのでスピードは上がる。三沢大滝到達への目処が立ち、もう少しで滝に会えると気持ちが高ぶっていくのが分かった。


岸上は登山道のように穏やか

斜面を緩やかに上がっていくと、細い谷を横切る箇所が現れた。こんな所あったかは記憶にはない。

ただ、短いながらも急斜面を横切らなければならない。下部を見ると10m先はストンと崖になっている。滑ったら怪我では済まない高所に緊張感が生じる。

ここを行くしかないと覚悟を決めて、事故のないように自分が先頭を進みロープを伸ばした。

急斜面を渡った所にある自分の腕よりも太い木を支点にしようと掴んだ所、ミシッと内部がひび割れる音が聞こえた。腐っている。

この木はロープを張るのに丁度良い位置にあったけど、腐っていては頼れない。
仕方なくその先にある木を支点にする。ややいびつにはなったが一行までロープを伸ばした。

Aはロープを辿ってスムーズに急斜面を渡りきり、安全な平らな場所で待機。

その調子でBもロープを掴む。谷を通過し一安心。

問題は一番遅れていたC。しっかりフォローしないとな、そうBから目線を離して、Cに「行きましょう」と自分にも気合いを入れつつ声を掛けた。

その直後、雷のような衝撃音が背後から聞こえた。

驚きつつ音の発生源に視線を向けると、Bが斜面を滑り落ちていた。

声も出せない一瞬。ただBが滑り落ちていくのを見るだけの刹那。

崖から放り出されるその手前、7〜8m滑った辺りで、Bは止まった。

自分が救出に下りようとする前に、すぐさま近くの枝を掴んで元の場所まで戻ってきたBの行動は素晴らしいものがあった。

Bは左腕の長袖をまくった。斜面に抉られて切り傷だらけ。それは痛々しいものではあるが、動かすのには支障はないようでホッとした。

「いやぁ、なんか木を掴んだら折れちゃったんですよ」

あまりパニックにはなっていないBは一呼吸置いてから呟く。

ハッとした。

Bはロープを離し、あの腐食木を掴んで体重を預けたのだ。

自分がBから目を離さなければ木を掴んだ瞬間に注意出来たはずだ。

Bが谷を通過した時、もう大丈夫だとCに気持ちを移すのが早過ぎた。

そのままロープを掴んで、Aのいる安全な場所まで行ってくれると信じてしまった。

「ごめんなさい、その木が腐ってる事は知ってました。伝えなくてすいません」

皮膚が切れて幾重にも溝になり血が出ている肘を見ながら、Bは笑って答えた。
「なんだ、教えて下さいよ〜!」

やだなぁ、と冗談を返すような弛緩した空気に取れた。

Bの本意は分からない。もしかしたら本気で非難したのかも知れない。

だからツッコミのような返答も出来ず、もう一度「すいません」とただ頭を下げた。

Bは弱気にならず再びロープを掴んで谷を渡り、Aのいる安全な場所で待機してくれた。

肝心のCは、滑落を目の当たりにして動揺したかも知れないが、ぎこちない動きながらも問題なく渡りきった。

今思えば、もっと山側に回り込めば崖ギリギリのトラバースなどやらなくて済んだと思う。

落ち着いて全体を見渡すと踏み跡は山側と谷側で二手に別れているように見えた。

時間が圧しているという観点から、悩んでいる暇はなく間髪入れず突っ込んだ結果だと思う。
まさしく急がば回れの反面を行ってしまった。


   ―大滝に到着― 
 
もう、そこからは危うい箇所は一切ない。


三沢大滝が見えてきた

三沢大滝が見えるまで突き進むだけ。そして遠くに落ち口が見えて、全身の姿が徐々に見えてくる。

13時30分、三沢大滝へ到着した。


下から見上げる

全景

巨大な双瀑はやはり素晴らしい。

トラブルはあったものの、とにもかくにも滝までは来れた事に安堵すると共に、一行と滝到達の喜びを共有出来たのが嬉しい。

素晴らしい滝を、「素晴らしい」と共感し合えるからこそ、パーティーを組んで滝に会いに行くんだと思う。その方が喜びが二倍三倍に膨れ上がるから。

一通り滝を楽しんだら、自分は滝からちょいと離れて行動食のオニギリを頬張る。

A、Bは撮影に夢中。Cはそれに付き添いのんびり見上げてる感じ。道中の休憩時もそうだが、滝前でも食事をする気配がない。

夢中で楽しんでいるのは良いけど、お腹空かないのか心配にはなる。

より心配なのは、現実味を帯びてきた日の入りだ。今日の日没は18時50分。
出発から5時間での到着なので、帰路も同様の時間が掛かる。

到着した時点で、駐車場に戻るのはギリギリかと判断した。

だからと言って、滝を見たら即帰るなんて残酷な事は出来ない。
日没から30分くらいならまだ辛うじて見える。ヘッドライトもあるから慎重に行動すれば大丈夫だろうと踏んだ。

14時に撤収して歩き始めても林道終点に到着するのは19時。今すぐにでも片付けを始めた方が良い。

しかし、時間を忘れて夢中に撮影している3人の熱心な姿を見ると、引き上げの声が掛けられなかった。

どうしたものか、悩んでいても時計の針は容赦なく回る。

「さすがにもう時間が厳しいので帰りましょう」とお願いし、名残惜しいのは山々だが、撤収の準備を始めて貰った。

結局、歩き始めたのは15時15分。間違いなく日没に呑まれる。

もっと早くに言えなかった自分の失態。
今回の一番の後悔は、ここにある。



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